CASE-0138 / 2024年4月転職
36歳・私立高等学校の美術教師から、教育・EdTechの経営・事業企画へ転職した事例
- 転職時年齢
- 36歳
- 校種
- 私立 高等学校
- 担当教科
- 美術・図工
- 転職先業界
- 教育・EdTech 101〜300名
- 転職後職種
- 経営・事業企画
- 年収
- 580 → 570万円
- 活動期間
- 4ヶ月
- 選考実績
- 応募27 → 書類11 → 面接8 → 内定3
教員になった理由
部活動でお世話になった先生の影響が大きいです。競技そのものより、人の成長に関わる姿に惹かれて教員を志しました。
教員時代の仕事内容(担任・教科・分掌)
私立高等学校で14年間勤めました。担任を持ちながら美術の授業を担当し、分掌は進路指導部です。運動部顧問を週13時間ほど兼務していました。行事の担当も回ってきて、年間を通して何かの準備をしている感覚でした。
部活動と労働時間の実際
運動部顧問で、平日は放課後が18時半まで、土日のどちらかも活動がありました。週13時間ほどを部活に使っていて、これが月74時間の残業の大きな部分でした。手当は出ますが、時間に見合うものではありません。
保護者対応・生徒指導で大変だったこと
クラスの人間関係のトラブルが続いた年は、放課後の時間がほぼ面談で埋まりました。
転職を考えたきっかけ
仕事自体に不満はありませんでした。ただ、人手不足の中で一人あたりの負担が増え続け、現場の努力で支える構造そのものに限界を感じました。
なぜその仕事を選んだか
美術の知識と、人に説明してきた経験をそのまま使える仕事を探した結果が経営・事業企画でした。
年度のどのタイミングで動いたか
6月ごろから情報収集を始め、10月に管理職へ伝えて3月末で退職しました。年度末での退職を狙うなら、伝える時期までに内定が出ている状態が理想だと思います。
転職活動をどう進めたか
応募27社、書類通過11社、面接8社、内定3社でした。エージェント経由と、企業の採用ページからの直接応募を並行しました。直接応募のほうが選考は早く進みました。
退職をいつ・どう伝えたか、学校の反応
10月に学年主任、そのあと管理職へ伝えました。後任の目処が立つまで時間があったぶん、円満に進みました。子どもには最後まで伏せています。
面接で聞かれたこと
どの会社でも「なぜ教員を辞めるのか」は聞かれました。「数字で評価される環境に耐えられるか」を確認されることが多かったです。
教員経験で評価されたこと
美術を教えてきたことが、経営・事業企画の仕事との相性で見てもらえました。
内定先を選んだ理由
年収だけを見れば他社のほうが上でしたが、任される範囲が広いほうを選びました。
転職後に感じたギャップ
「わからないことは自分で調べて進める」のが前提で、教えてもらえる環境ではありませんでした。
働き方・生活はどう変わったか
残業は月30時間ほどになりました。年収は下がりましたが、同じ時間働いたときの手取りで考えると納得しています。
教員に戻りたいと思うか
戻りたいとは思いませんが、学校の仕事を否定するつもりもありません。合う人には良い仕事だと思います。
これから転職する先生へのアドバイス
年収だけで比べると下がることが多いと思います。判断の軸を先に決めておくと迷いが減ります。