CASE-0142 / 2024年10月転職
23歳・公立高等学校の保健体育教師から、不動産の個人営業へ転職した事例
- 転職時年齢
- 23歳
- 校種
- 公立 高等学校
- 担当教科
- 保健体育
- 転職先業界
- 不動産 101〜300名
- 転職後職種
- 個人営業
- 年収
- 455 → 460万円
- 活動期間
- 8ヶ月
- 選考実績
- 応募15 → 書類5 → 面接3 → 内定2
教員になった理由
大学で保健体育を専攻し、学んだことを人に伝える仕事に就きたいと考えていました。教育実習で子どもの反応を見て、進路を決めています。
教員時代の仕事内容(担任・教科・分掌)
公立高等学校で1年間勤めました。担任を持ちながら保健体育の授業を担当し、分掌は教務部です。文化部顧問を週7時間ほど兼務していました。行事の担当も回ってきて、年間を通して何かの準備をしている感覚でした。
部活動と労働時間の実際
文化部顧問で、平日は週に3日ほど放課後に活動があり、長期休業中の活動が中心でした。週7時間ほどを部活に使っていて、これが月65時間の残業の大きな部分でした。手当は出ますが、時間に見合うものではありません。
保護者対応・生徒指導で大変だったこと
不登校の子への対応では、家庭・学年・管理職の間に立って調整を重ねました。正解のない判断を続けるのは消耗します。
転職を考えたきっかけ
想像していた仕事と、実際に時間を使う先が大きく違いました。合わないまま続けるより、早く方向を変えるほうがいいと考えました。
なぜその仕事を選んだか
学校を離れても教育に関わり続けたいと思い、不動産業界の中で探しました。個人営業なら現場を知っていること自体が強みになります。
年度のどのタイミングで動いたか
年度途中での転職です。6月に管理職へ伝え、9月末で退職しました。担任を持っていたので、学期の区切りに合わせています。
転職活動をどう進めたか
応募15社、書類通過5社、面接3社、内定2社でした。最初は書類が通らず、職務経歴書の書き方を変えてから反応が変わりました。学校の言葉を相手の業界の言葉に置き換えるのが要点です。
退職をいつ・どう伝えたか、学校の反応
6月に学年主任、そのあと管理職へ伝えました。後任の目処が立つまで時間があったぶん、円満に進みました。子どもには最後まで伏せています。
面接で聞かれたこと
どの会社でも「なぜ教員を辞めるのか」は聞かれました。「民間のスピード感に対応できるか」もほぼ毎回聞かれました。
教員経験で評価されたこと
保護者対応で培った「相手の不安を先に言語化する」進め方が、そのまま評価されました。
内定先を選んだ理由
面接で会った人が、いま自分が悩んでいることを一番よく理解してくれたからです。
転職後に感じたギャップ
一人ひとりに時間をかける進め方は、そのままでは通用しませんでした。全体の仕組みを先に整える発想に切り替えるまで半年ほどかかっています。
働き方・生活はどう変わったか
残業は月34時間ほどになりました。持ち帰りの仕事が無くなり、平日の夜に自分の勉強時間が取れるようになりました。
教員に戻りたいと思うか
教壇に戻るつもりはありませんが、非常勤で週一回だけという形なら考えます。
これから転職する先生へのアドバイス
まず年度のどこで動くかを決めることをおすすめします。時期が決まると、逆算で準備できます。