CASE-0307 / 2023年9月転職
25歳・公立高等学校の保健体育教師から、人材の法人営業へ転職した事例
- 転職時年齢
- 25歳
- 校種
- 公立 高等学校
- 担当教科
- 保健体育
- 転職先業界
- 人材 101〜300名
- 転職後職種
- 法人営業
- 年収
- 475 → 575万円
- 活動期間
- 7ヶ月
- 選考実績
- 応募12 → 書類4 → 面接3 → 内定2
教員になった理由
塾でアルバイトをしていたとき、わからなかったことができるようになる瞬間に立ち会えるのが面白いと感じました。それを職業にしたいと考えたのがきっかけです。選んだ理由と辞めた理由は、実はあまり矛盾していないと思っています。
教員時代の仕事内容(担任・教科・分掌)
公立高等学校で3年間勤めました。担任を持ちながら保健体育の授業を担当し、分掌は教務部です。運動部顧問を週12時間ほど兼務していました。担当が毎年変わるので、その都度ゼロから覚え直していました。
部活動と労働時間の実際
運動部顧問で、平日は朝練と放課後の両方、土日のどちらかも活動がありました。週12時間ほどを部活に使っていて、これが月73時間の残業の大きな部分でした。この負担がなければ、続けられたかもしれないと今でも思います。転職後にこの数字を見せたら、面接官に驚かれました。
保護者対応・生徒指導で大変だったこと
個別の配慮が必要な子が複数いて、一人ひとりに合わせた準備を毎日続けていました。学年主任に相談できたかどうかで、その年の負担は変わりました。
転職を考えたきっかけ
仕事自体に不満はありませんでした。ただ、人手不足の中で一人あたりの負担が増え続け、現場の努力で支える構造そのものに限界を感じました。数字にできない理由なので、説明するのに苦労しました。
なぜその仕事を選んだか
法人営業なら、教員時代に感じていた「最後まで見届けられない」もどかしさが減ると考えました。選択肢を広げすぎず、早めに絞ったのが正解でした。
年度のどのタイミングで動いたか
年度の区切りを待たずに動いています。8月に管理職へ伝え、8月末で退職しました。年度末まで待つ選択もありましたが、内定先の入社時期に合わせました。学校の年間行事表を見ながら組み立てています。
転職活動をどう進めたか
応募12社、書類通過4社、面接3社、内定2社でした。求人サイトで相場を見てから、教員特化のエージェントに登録しました。在職中の活動だったので、面接は年休と長期休業を使いました。日程調整が一番大変です。相談できる相手がいたことが、精神的に一番助かりました。
退職をいつ・どう伝えたか、学校の反応
8月の段階で教頭、そのあと校長と面談には話してあります。慰留の言葉はありましたが、強く止められることはありませんでした。想定していた質問はほぼ全部されました。
面接で聞かれたこと
面接で必ず出たのは、教員を辞める理由についての質問でした。「民間のスピード感に対応できるか」もほぼ毎回聞かれました。面接というより、対話に近い会社もありました。
教員経験で評価されたこと
限られた時間で準備を組み立ててきた段取りの立て方を、実務の進め方として評価されました。説明の仕方を変えたら、書類の通過率が上がりました。
内定先を選んだ理由
条件面はほぼ横並びだったので、通勤時間と勤務の柔軟さで決めました。内定が出てから決めるまでが、いちばん冷静に考えられた時期でした。
転職後に感じたギャップ
決めるスピードが速く、議論より先に動くことが求められます。慣れるまでは落ち着かなかったです。教員時代の感覚を捨てる必要はありませんでした。
働き方・生活はどう変わったか
残業は月31時間ほどになりました。終業時刻が読めるようになり、平日に予定を入れられるようになりました。休みの連絡が来ないだけで、こんなに違うのかと思いました。
教員に戻りたいと思うか
教壇に戻るつもりはありませんが、非常勤で週一回だけという形なら考えます。教壇そのものより、あの人間関係が懐かしいです。
これから転職する先生へのアドバイス
在職中に動くのは大変ですが、辞めてからより選択肢は広く持てます。焦って決めないほうがいいです。何を捨てて何を取るかを、先に決めておくと迷いません。
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